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2011-07-21 17:48 | カテゴリ:歳時記
今日は「土用の丑の日」です。
そう思ったら・・何だか急にウナギが食べたくなって・・。
近くのスーパーに出かけました。

うなき#12441;-1

やっぱり、やってましたね!(^_^)
ウナギの蒲焼きの特売を!

うなき#12441;-2

この匂い・・たまりませんね~。
ついつい、鼻ピクピクしてしまいます。

土用の丑の日に、ウナギを食べる習慣を作ったのは・・、
江戸時代の平賀源内だと伝えられています。
当時の江戸町民がウナギを食べなくなって困ったあげく・・、
知人の鰻屋のために、知恵を絞って需要喚起の方法を思いついたとか。

うなき#12441;-3

早速、奮発して一番美味しそうなヤツ(鹿児島産)を買ってきました。
今夜はこれで、明日のゴルフの為に精を付けることにしましょう。よしっ!p(^^)q
ところで、ウナギと梅干しって食べ合わせなの?(科学的な根拠はないと思うのですが・・)
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2011-07-07 17:02 | カテゴリ:歳時記
【七夕伝説】
むかしむかし、天帝という神様が星空を支配していたころ、天の川の西の岸に、織女という天帝の娘が住んでおりました。織女は機織り(はたおり)がたいへん上手で、彼女の織った布は雲錦と呼ばれ、色も柄も美しく、丈夫で着心地も軽い、素晴らしいものでした。
一方、天の川の東の岸には、牛飼いの青年、牽牛が住んでおりました。牽牛は、毎日、天の川で牛を洗い、おいしい草を食べさせたりと、よく牛のめんどうをみる、働き者でした。

天帝は、くる日もくる日も、働いてばかりいる娘を心配して、娘の結婚相手をさがすことにしました。そして、天の川の向こう岸に住む牽牛をみつけると、2人を引き合わせ・・・
「おまえたち2人は、まじめによく働く。牽牛よ、わしの娘、織女と夫婦(めおと)にならぬか?」
牽牛は恐縮したようすで
「天帝様、私のような者には、夢のようなお話しでございます。ありがたくお受けさせていただきます」
織女も、働き者の牽牛をたいへん気に入り、2人はめでたく夫婦となりました。

ところが、一緒に暮らすようになると、2人は朝から晩まで天の川のほとりでおしゃべりばかりをしています。
これを見た天帝は・・・
「おまえたち、そろそろ仕事をはじめたらどうだ?」
といましめますが、牽牛と織姫は・・・
「はい、明日からやります」
と答えるばかりで、いつになっても仕事をはじめるようすがありません。
織女が布を織らなくなってしまったため、機織り機にはホコリがつもり、天界にはいつになっても新しい布が届きません。また、牽牛が世話をしていた牛たちも、やせ細って、次々に倒れてしまいました。

業を煮やした天帝はとうとう、2人を引き離し、1年に1度、7月7日の夜だけ、天の川を渡って、会うことを許しました。今でも2人は、7月7日に会えるのを楽しみにして、天の川の両岸でまたたいているとのことです。
                         ーアストロアーツより引用ー
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今年の七夕も、残念ながら雲行きは怪しいようで・・二人の天界ラブロマンスは見えそうにありませんね。
代わりに天の川の写真でも見て、彼らの悲しい宿命を忍ぶことと致しましょう・・。
私も最近は遊んでばかりいるので・・今年は何のタナボタもなさそうです。(^◇^;)
2011-01-20 11:59 | カテゴリ:歳時記
今日1月20日は大寒です。一年でもっとも寒い時期という意味です。

小寒から数えて15日後とされており、小寒から大寒までの15日間と大寒から立春までの15日間の合計30日間を「寒さの内」といいます。中間だけど・・大寒とはこれいかに・・?(^_^;)

耐寒のための様々な行事が行われますが、耐寒ゴルフもそのうちの一つでしょうかね・・(笑)。次回は2/1の予定です。このクソ寒い中・・ 好きだなぁ~、みんな!\(呆)/
2010-04-01 17:29 | カテゴリ:歳時記
今日は4月1日で新年度開始の日です。
そして、エイプリルフール。
4月馬鹿・・。
イワンの馬鹿・・。
いやん、バカン・・。ヘ(^^ヘ)
何で、4月馬鹿なんでしょうね?
答えは、下に。

【エイプリルフール】-ウィキペディアより-
エイプリルフール (April Fool's Day) とは、毎年4月 1日には嘘をついてもよい、という風習のことである。ただし人をからかうような、害のない嘘に限られる。またイギリスなどでは、4月1日の正午までに限るとも言い伝えられている。英語の "April Fool" は、4月1日に騙された人を指す。
エイプリルフールは、日本語では「四月馬鹿(四月バカ)」、漢語的表現では「万愚節」または「愚人節」、フランス語では「プワソン・ダヴリル」(Poisson d'avril, 四月の魚)と呼ばれる。
なお、日本では4月1日は、「日ごろの不義理を詫びる日」だった。
イスラム教においてはこの習慣はコーランに著しく反しているため、強く禁止されている。

いつも実家には不義理をしているので・・。
私は、4月馬鹿ということになります。
反省・・。(-_-)

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こんな焼きそばが3月に名古屋で発売されたようですね。嘘じゃないみたい・・。ただし、限定?!
2009-09-21 19:02 | カテゴリ:歳時記
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今日9月第3月曜日は「敬老の日」。日本も世界第一の長寿国となって、お年寄りの社会進出や地域社会での活躍が目立ってきています。そう言えば、世の中にお元気な老人(と言っては失礼か・・)の多いこと。まあ自分もそのうち仲間入りするわけですが・・、老人とは言われたくない気もありますね。本人は、いつまでも若者のつもりでいるでしょうから。いずれ「敬老の日」という表現が「シニアの日」と変更される日も、そう遠いことでは無いかも知れませんね!

そのシニア世代で浸透し始めているのが・・ネット交流術。インターネットを使っている60~70代のシニア層が、趣味が同じ友人と親密になり、交友関係を広げる手段としてパソコン、電子メールが有効だと感じていることが、とある調査で分かったそうです。
電子メールの利用法は、「日常の連絡事項」が7割を超えて最多。次いで、「身近な出来事を伝える」が5割、「撮った写真を送る」が4割。電子メールの送受信で親密になったと思うのは、「趣味・同好会の友人」が5割で最多。「別居している子供」「学生時代の友人」が共に3割で続きます。
6割が「交友関係を広げる手段としてパソコンが有効」と思っており、パソコンを使うと、「情報が得やすくなる」(9割)「老化防止に役立つ」(6割)ほか、「人との交流が活発になる」「人間関係が広がる」(ともに2割)と、人との交流に役立つと考えている人が多かったそうです。さらに、9割以上がパソコンを毎日利用していたことも明らかになっています。<以上、ネット調査より>

そういうことで、もうこれからのシニア世代には、パソコンは無くてはならない「三種の神器」の一つであると言えそうです。あとの二つは・・、デジカメとシニアグラス・・かな?
いずれにせよ、「敬老」という受け身の言葉より、「楽老」という老いを楽しむ言葉のほうが、何となく時代にマッチしていると思う・・今日この頃です。
2009-09-20 11:06 | カテゴリ:歳時記
今日9月20日は「空の日」です。空の日ですが、私は「地上の日(OFF)」なんです。(^^ゞエヘヘ

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「空の日」の起源は、昭和15年に制定された「航空日」が始まりだそうです。この年の「航空日」は9月28日に行われましたが、昭和16年の航空関係省庁間協議において9月20日と決定されました。第2次大戦終戦に伴う一時休止もありましたが、昭和28年に再開され、民間航空再開40周年にあたった平成4年に、国民にとってより親しみやすいネーミングということで、それまでの「航空日」から「空の日」へ改称するとともに「空の旬間」(9月20日から30日)が設けられ、現在に至っています。

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平成4年に「空の日」・「空の旬間」を設けた際に、「9(く)2(に)0(まる)」=「くにまる」くんが誕生しました。地球が飛んでいるその躍動的な姿は、地球的規模での航空による人、物及び文化の交流を表しています。また、「空の日」のキャッチフレーズは、航空の楽しさと限りない可能性を表す「もっと感動、空はフロンティア」です。

ー以上、国土交通省航空局HPよりー
2009-09-01 09:29 | カテゴリ:歳時記
今日から暦は9月に入りました。もう秋なんですね~。
台風一過もあって、吹く風も何となく涼しげです・・。

さて、今日は何の日かと言いますと・・。そう、「防災の日」です。
「防災の日」とは、1923年9月1日の関東大震災に因んで制定された記念日であります。9月1日は、その年にもよりますが、二百十日になることが多く“災害への備えを怠らないように”との戒めを込めて1960年に制定されました。統計上、この頃に台風が来ることも多く、今年は昨日台風11号が関東に接近しました。制定の前年(1959年)には伊勢湾台風が襲来し、多くの犠牲が出たのもまだ記憶に新しいところです。私は、直接被害に遭っているので、なおさらよく覚えています。新学期早々、約1ヶ月間学校が休校になり、物資の調達(いわゆる、“配給”というやつです)を当て込んで約5km離れた山間の町まで毎日通ったものです・・。町中が汚水とカビ臭さに悩まされ、生活の基盤回復には相当時間がかかりました。(実は、これがトラウマだったりして・・海のそばには住む気になれません)

かつては、関東大震災の慰霊行事が多かったみたいですが、最近は自然災害等への意識高揚のため、防災訓練に変わってきているようです。今日は、全国各地でそれぞれの防災訓練が行われることでしょう。自分で出来る危機管理とは何か?あらためて考え直す一日にしたいものです。災難とは、いつ襲ってくるか分からない!・・ものですから。(-_- )

防災グッズ
2009-03-03 04:53 | カテゴリ:歳時記
今日3月3日は、「桃の節句」。いわゆる・・「雛祭り」です。
雛祭りと言えば、桃の花。ところが、今年は早、各地で桜の花が咲いているようですね。温暖化の影響は、こんなところにも出ていますか・・。

【言葉の起源】
「雛まつり」の起源は京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ平安時代の「雛あそび」が始まりとされている。やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の人形遊びと節句が結び付けられ、行事となり「雛祭り」として発展して行った。その後、紙製の小さな人の形(形代(かたしろ))を作ってそれに穢れを移し、川や海に流して災厄を祓う祭礼になった。この風習は、現在でも「流し雛」として残っている。
元々は、5月5日の端午の節句とともに男女の別なく行われていたが、江戸時代ごろから、豪華な雛人形は女の子に属するものとされ、端午の節句(菖蒲の節句)は「尚武」にかけて男の子の節句とされるようになった。


【マイ・エピソード】
雛人形で有名なのは、旧柳川藩主立花氏の別邸(福岡県柳川市)である「御花」の座敷に飾られたお雛様。その資料館である「殿の倉」に展示されているお姫様の雛人形は、豪華絢爛、芸術品そのもののようです。その柳川藩当主である立花氏何代目かの末裔の方と、以前同じテニスクラブに所属し、プレーを楽しんだことがあります。どこかの会社の偉いさんであったような記憶がありますが、確かに風格、品格はお殿様のようでしたね。「立花さんと、立ち話(立花氏)もなんだから・・座って話をしましょう!」と言って、冗談を飛ばしたこともあったかな?(笑)何となく・・思い出されました。(o´ェ`o)ゞエヘヘ
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そんな「桃の節句」の今日、我が家には・・まだ二人の姫がおりまする・・。(´ヘ`;)ハァ
2009-02-27 08:58 | カテゴリ:歳時記
早いですねぇ~。もう二月もあと一日で終わり・・。
そして、今日は「なんの日」であるかと言いますと・・。
「新撰組の日」、なんだそうです。

【歴史ふり返り】
1862(文久2)年、「新選組」の前身である「壬生浪士組(壬生浪士隊)」が結成された。壬生浪士隊は、清河八郎の提案で、事件が頻発している京都の警護に当る為に幕府が江戸で募集をしたもの。翌1863(文久3)年2月に江戸を出発したが、京都に着いた途端、清河が壬生浪士組の目的は尊皇攘夷だと言い出したため、浪士組は空中分解してしまった。まもなく幕府の帰還命令を受けて清川ら209名は江戸に戻ったが、近藤勇・芹沢鴨・土方歳三ら24名はそのまま京都に残留。京都守護職で会津藩の松平容保の配下に入って、8月に「新選組」と改称した。その後、約4年間にわたり、京都で尊皇攘夷派・倒幕派の弾圧を行っった。


これまで映画やテレビドラマ、漫画等で何度となく紹介されてきた新撰組のストーリー。その内容は、国民の誰しもが知るところですが・・。喩えて言うなら、近藤勇は総理総裁の座を狙う本命で、芹沢鴨はその対抗馬、土方歳三は、総理を陰で支える幹事長候補、・・というのが私の独断的政権抗争イメージです。芹沢鴨は、ある日暗殺されてしまうのですが・・、そういう運命にあったの・・かも?
今夜あたり、なんだか「新撰組」の映画でも見てみたい気がします。新鮮な気分で・・。(^_^;)
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